"KSB"(Kochi Startup BASE)のジャーナル

【Part 2】こうち100人カイギ vol.6 井伏 香保里(香の里 オーナー)/赤木 将太(IFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)

まちで働く100人をきっかけに、まちの在り方や価値の再発見を目的に、ゆるく人を繋げる「100人カイギ」。
港区を中心に開催されていた、このイベントが「こうち100人カイギ」として、2019年1月よりKochi Startup BASE(以下KSB)にて月に1回開催しています。

今回は、2019年6月12日(水)に開催された、vol.6。
高知に住む、高知県内外で活躍する方々をお呼びして、働き方やその思いについて語っていただき、各お話についてまとめました。

<こうち100人カイギ vol.6の登壇者>
近澤  朋成    さん (Part 1掲載)
長崎 あゆみ さん (Part 1掲載)
井伏 香保里 さん (Part 2掲載)
赤木 将太     さん (Part 2掲載)

今回、登壇者の4名のお話からは「自分自身の想いに正直でいること」「自分の“やりたい”という気持ちを大事に」という部分が共通しているように感じました。その強い想いに共感する方も多く、涙を浮かべて傾聴している参加者の姿も見かけ、たくさんの発見や気づきを普段出会えないような方々と共に共有することができる、そんな貴重な時間となりました。参加したくても参加できなかった方、この方のお話が聞きたかった、など様々な方に読んでいただければ幸いです。

 

3人目の登壇者は、香の里 オーナーの井伏 香保里さん。

 

<プロフィール>

1974年生まれ。土佐市出身。
高校を中退して17歳から高知市に移り住み、飲食の世界に入ることに。平成13年飲食店「香の里」を開業し、現在に至る。また平成31年に作家としてもデビューし、自伝的エッセイ「私の人生を変えた顔」を出版。趣味・好きなことは、料理、日々の筋トレ、旅行、音楽、ダンス。

 

 

人とは違う自分の顔
井伏さんの顔には生まれてきた時から“太田母斑“という青あざの一種があり、そのせいで自分は人と違っていた、と自身の経験について話してくれました。思春期に近づくにつれ、大きくなるあざの範囲と、人に見られたくないという気持ち。母の化粧品をこっそり使ってはみるものの、当時の化粧品は今の化粧品に比べてカバー力もなく、痣は隠しきれなかったそうです。いじめられることも多く、そのことが悔しくて家にいることが増え、普通の生活ができなかったと話してくれました。

夜の世界へ
そんな中学時代も終わる頃、友人に声をかけられます。
その友人の親はスナックを経営しており、そこで皿洗いの手伝いをしないかと誘われたことがきっかけで、井伏さんは、華やかな夜の世界を知りました。昼間とは違って外も、部屋の中も暗いので、化粧をしているし顔もはっきり見えないことで、自分自身が明るくなれたと当時を語ります。皿洗いのお手伝いは、次第に夜の仕事へ。この出来事が井伏さんに大きな影響を与えることになったのです。

全てがバネになって
しかし、仕事を続けるにつれて“顔を治したい”という想いが湧き上がります。そんなとき、テレビで痣を治せる治療があると知り、一筋の希望が。治療をしたいと、東京の病院に行ったものの、保険が効かないことを知らず請求された70万円に対して、所持金はわずか10万円。その時の院長が「次回でいいから、待っているから。」と支払いを考えてくれたことも、初めての治療後の痛みがとても痛かったことも、全てがバネになって頑張ろうと思ったと話します。
夜働いてお金を貯めて、治療のためにレーザーで肌を焼いて、肌が落ち着くのを3ヶ月待って、再びレーザーを。高額な治療費や治療の痛みに、辛い経験もたくさんしましたが、”治したい“という想いを胸に、治療を6年ほど繰り返し、井伏さんは今の顔を手に入れたのです。

人に支えられて
井伏さんは顔の治療の間に、独立してお店を開業しました。治療費が嵩み、困難かと思われた中、家主さんが井伏さんの仕事ぶりをずっと見てくれていたようで、「お金はできてからでいいから。」と色々と費用を考慮してくれたそう。そのおかげで下積みから8年後、念願の自身の店『香の里』をオープンすることになりました。雇われ側の頃から、長年来てくれるお客さんを始め、47都道府県各地からいろんな方が来てくれていると話してくれました。
井伏さんは、お店を始めて19年、毎年ディナーショーもしているそう。
「夜の仕事はお酒も入り、幸せな接客だけではないけれど、自分が心を込めた接客をすると、お客様もそのような人ばかり集まってくれる。」。
人と人とのつながりで、たくさんの方に支えられてきたと語ってくれました。

自分で人生は変えられる
井伏さんは、現在、自身の経験を自伝的エッセイとして記しています。
顔のあざのせいで自信が持てなかった自分が、過去のこと、治療に踏み切り運命が大きく変わったことなど、これまで自分が経験してきたことを包み隠さず本にしたいと、2019年2月27日著書『私の人生を変えた顔』を出版しました。
“誰にも人に言えない苦労がある、けれど誰でも自分で人生は変えられる。”そう参加者にエールを送るように話してくれました。

 

4人目の登壇者は、IFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)の赤木 将太さん。

〈プロフィール〉

1988年生まれ。長崎県佐世保市出身。
大学卒業後。証券会社に入社。約1000人のお客様の資産運用を担当。京都・高知・広島と転勤を経験後、2018年8月に退職。「もっとお客様に寄り添った仕事がしたい。」との想いから独立。2019年、高知へ移住。高知・岡山・広島を中心にIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)として活動中。

 

 

働き方を変える
フリーランスの証券マンとして働く赤木さん。大学卒業後、証券会社に入社し、入社後は、京都、広島、高知と土地を変わりながら、1000人ほどのお客様の資産運用を行なってきましたが、昨年、2018年に退職。今年、高知に移住し、現在はIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)として、高知、岡山、広島を範囲として活動しています。参加者の中でも聞きなれない職業、IFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)。この方法を選んだ理由には、「もっとお客様に寄り添った仕事がしたい。」という強い意志、そして独立するきっかけとなった3つの想いがありました。

イメージを変えたい
1つ目は、「証券会社のイメージを変えたい。」ということ。証券会社に勤めて数年が経ち、住んでいた京都から高知に転勤が決まった時の出来事です。当時付き合っていた彼女から「(自分の)お父さんに紹介したい。」と言われました。一緒に挨拶に行く段取りの為、彼女がお父さんに電話をすると、お父さんからは赤木さんの職業を尋ねられ、証券マンであることを伝えます。すると「そんなやつは絶対ダメだ。お前は騙されている。すぐ別れろ。」という言葉が。2人の会話はスピーカーホンになっており、すべて赤木さんの耳にも届いていました。
その言葉に彼女が激怒し、「お父さんなんて大嫌い。」と電話を切ると、折り返しで謝罪の連絡が入りました。その後無事挨拶はでき、結婚までには至ったものの、赤木さんにとっては苦い思い出に。

証券マンらしくない仕事に
イメージを変えたいという想いには、もう一つエピソードがありました。証券マンとしての一年目、新地開拓として住宅街に出向き、一軒一軒名刺を持って周る営業をしていた時のことです。その日は夏の暑い日。京都の高級住宅街にて、大きな庭のある家で水やりをしている女性を見つけ、挨拶をして名刺を渡そうとした赤木さんに、女性はホースで水をかけたそう。スーツはびしょ濡れ、まるで青天の霹靂だったと当時を語ります。
前項でも話したように、証券会社自体の良いイメージで捉えていない人も多いと赤木さんは自身の体験を振り返ります。実際、その当時は経済の低迷も見られ、証券会社自体イメージが良くない時期があったそうです。赤木さんには、「証券マンを悪いものだとイメージしている方の考えすべて変えることは難しいが、せめて自分が関わる方々のイメージは変えたい。」という強い想いがありました。
ちなみに京都での出来事は、次の日再度訪問し、根性があるわね、とその方とは顧客関係を結ぶことができたそうです。

嘘をつきたくない
二つ目は、「嘘をつきたくない」ということ。これは、赤木さんがプライベートでよく行くお寿司屋さんでのある出来事がきっかけです。ある日、ネタケースに入った魚を指して、大将に「この魚が食べたい。」と伝えたところ、「そのネタは出せない。今日の魚は良くないから。」と言われたそう。
その頃、赤木さんは、まだ会社に属しており、中には会社の意向として勧めなければならない商品もありました。赤木さんの仕事内容上、結果販売であるため、商品を勧めた時に、その商品が良いか悪いかわからないこともあるものの、それでも自分が納得できるものをお客様には紹介したい、という想いがありました。そこには、“お客様にも、自分自身にも嘘をつきたくない”という、あの日の大将の気持ちが重なります。

繋がっていたい
三つ目は、「(お客様と)繋がっていたい」という想い。
昨年、平成30年の7月、広島で豪雨災害が起こった際、赤木さんは広島にいました。赤木さんは無事でしたが、関わっていたお客様の中に被災した方がいたこともあり、赤木さんはボランティアに参加しました。落ち着いた今でも「(赤木さんが支援に来てくれたことは)忘れない。」と感謝されているそうです。また、その当時嬉しかったのが、高知や京都など、自身の関わっていたお客様たちが「赤木くんは大丈夫?」と連絡が来たこと。
この経験を通して、サラリーマンに転勤はつきものということはわかっていながらも、できることならずっと自分が担当できるような関係性を作りたいという想いが赤木さんに強く芽生えました。
赤木さんがフリーランスとして活動している背景には、“自分の想いを大切に““自分らしく”という熱い気持ちを原動力がありました。

 

 

【総括】
井伏さんは、自身の辛い過去を包み隠さず話してくれ、その経験があったからこそ今の自分がいると話している立ち姿がとても凛としていたのが、印象的でした。
また、また最後に登壇してくださった赤木さんは、薬と笑えるような話を盛り込みながら、かつ自身が経験した心に残る体験を話してくれました。

それぞれのエピソードから、「自分らしく生きたい」という想いが伝わり、その想いが強く胸に響く、そんな時間を感じました。

 

 

100人カイギとは
一般社団法人INTO THE FABRIC 高嶋 大介氏が「同じ会社に勤めていても、1度も話したことがない人がいる」と気づいたことをきっかけに、会社、組織、地域の”身近な人”同士のゆるいつながりを作るコミュニティ活動を始めました。 2016年六本木で「港区100人カイギ」スタートさせたのを皮切りに、渋谷区、新宿区、相模原市、つくば市、雲南市など全国各地へ広がっています。
100人カイギの一番の特徴ともいえるのが、「ゲストの合計が100人になったら会を解散する」ということ。100人の話を起点に、肩書や職種ではなく、「想い」でつながる、ゆるやかなコミュニティを作ります。

(レポート:畠中 詩織)

 

エイチタス株式会社 高知支社(担当:畠中)
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